今回のブログからしばらく私がどのようにジュエリー制作に関わるようになり、どのような経験を経て技能を習得していったのか、という事柄を数回に亘ってお話したいと思います。

まずはジュエリーとは言えないものを作っていた頃の話からさせて頂きます。年をさかのぼること35年前、私が中学生時代によくプラモデル制作を行っていたときに、現在有名なプラモデルメーカーである「タミヤ」でプラスチックの板である「プラ板」というものが販売されはじめました。(現在でも種類が増えて販売されてます)

★★TAMIYA INC. 株式会社タミヤ

これを用いて独特な形状に糸鋸で切り出して「サイケデリック・アート」と昔、呼ばれていたペインティングをしたブローチと言えるようなものではなく「バッチ」のようなものを遊びで作ってました。

たまたま担任の先生が女性であり、誕生日だったかは定かではありませんがそれをプレゼントをしたのです。

その先生は体育教師でありまして、校庭で体育の授業を行う際に今では懐かしい「チューリップハット」を被り授業をしておりまして、或る日、先生は私が作った、そのバッチを帽子に装着して授業を行っていたところ女子達から「先生、そのバッチ可愛いですね~、どこで買ったんですか?」という質問があり、先生は「B組の鈴木君が作ってくれたのよ!」と製造元の私のことを話してしまいました。

それからというもの、同学年の女子達から「私にも作ってよ!」のリクエストが多発し、当時気の弱い少年だった私は断ることも出来ずになんとか対応してました。しかし、それを作ったことで女子達からは非常に喜ばれ、人気者になりました。

それで、そのときに装身具を作って人に喜んでもらうことに目覚めたのです。

少年である私は単純に「これは突き詰めるとモテるかも・・・」なんて思ってしまいました、単純でしたね。(笑)

そのような経験から装身具を自作することに興味を持っていったのです。

東京に住んでおられていた40代後半の方であれば憶えておられるかもしれませんがJR(当時は国鉄)新宿駅の地下道などで「針金細工」のバッチを黒い布の上に置いて販売していたヒッピー風のお兄さんたちがたくさん居ましたよね?

自分でも、そのような感じのアルバイトを将来行おうかな~とぼんやり考えていた頃でしたね、懐かしい話です(笑)

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